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□視聴覚文化研究会HP
HPができました。次回研究会の発表要旨をarchiveから見ることができますので、ご参照ください。archiveには、論文等もアップしていく予定です。

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The Audible Past: Cultural Origins of Sound Reproduction

The Audible Past: Cultural Origins of Sound Reproduction

第二章「聴取の技法」を読み進める。ここでスターンが論じるのは、20世紀初頭のヘッドフォン広告に代表される私的かつハイファイな聴取(音の細部を洩らさず聴き取ること)ことを要請するような知覚様態の歴史的・社会的条件である。その際、スターンが提示するのが「聴取の技法(techniques of listening)である(モースの「身体技法」を知覚に応用したもの)。スターンによれば、19世紀末に生じた知覚の変容はメディアによって突然引き起こされたものではない。それは特定の理論的・実践的傾向において学習され、練り上げられたものであり、実際にはメディアの方がそうした技法を合理化・産業化するために開発されたものだという。

こうした特定の技法はこれまで「音楽」を中心に論じられてきた。ジェームズ・ジョンソンによれば、19世紀から20世紀の転換期において、音楽聴取の対象は形式的な旋律や和声的な構造から、音響的な特徴へと移行した。そうした聴取は音響効果と忠実性を求める聴取であり、それまでは記号化されていなかった音の細部に注意を向けるような聴取である。ジョンソンはコンサートホールに議論を限定しているが、スターンによれば、こうした聴覚性は音楽に限定して生じたものではなく、19世紀において複数の装置との関係において(装置の媒介を条件として)論じる必要があるという。

そうした装置と聴取の関係から耳の近代を考える上でスターンが取り上げるのが、医学における聴取技法、具体的には19世紀フランスにラエネックが開発した「間接聴診法(mediate ausculation)」と「聴診器(stethoscope)」である。スターンによれば、この方法は、他の諸感覚から聴覚を分離する生理学、患者の言葉ではなく身体の内部を観察の直接的な対象とする臨床医学といった諸理論の交差する中で考案された。その際に用いられる「聴診器」はそうした理論の変容を、診断において実践化し、道具的な媒介によって聴覚を触覚や視覚から分離(isolate)し、強化(intensify)することを目的として開発されたのである。

このように「聴診器」のような道具の媒介を前提とし、「裸の耳」を不完全で合理的ではないものとする「聴取の技法」は、19世紀初期から電信、フォノグラフ、ヘッドフォンを発生させた基本的な聴取の原理として考察することができる。

→具体的にはモノラルな聴診からバイノーラルな聴診への移行が続き、さらに、それまでは「記号」として捉えられていなかった音響の諸々の特徴が、医学における「聴取の技法」によってどのように有意味な「記号」として機能するようになったのかが考察されていく(続きはまた)。続く第三章では電信技師の「聴取の技法」が考察されるようだ。