やっぱりデリダ『声と現象』『グラマトロジーについて』も読まないといけない。以前に読んだときの記憶がほとんどない・・・。ドラーがラカンデリダ形而上学における声の位置について比較しながら議論しているので参考にしつつ。ドラーは現前の自明性を支える声に文字を対立させることで形而上学を批判するデリダと、声そのものに両義性(ロゴスそのものとしての声と欲望の対象としての声の両義性)を見出すことで現前の自明性や確かさを根本から揺るがしてしまうラカンとを対置させて議論している。デリダラカンの関係はしばしば議論されているので、確認しておくこと。