1900年代から1920年アメリカのレコード産業でのオペラ歌手の受容を調べはじめる。William Kenneyによれば、この時期にオペラが受容されたことは、蓄音機が家庭内のメディアとして流通しはじめたことと関連している。初期のフォノグラフ・ショーやパーラーが、プリミティヴな音楽、南部の黒人音楽、コメディ、ミンストレルなど空間的な距離をへだてた珍奇なものを雑多に提供し、あるいは技術そのものの驚異を強調していたのに対して、1900年代のビクターがとった戦略は家庭生活の一部にフォノグラフを組み込み、技術そのものではなく、娯楽・教養のための音楽を定期的に供給することにあった。こうした文脈において、オペラ・レコードは企業による娯楽・教養の規範化・階級化のプロジェクトとして理解されているようだ。

Recorded Music in American Life: The Phonograph and Popular Memory, 1890-1945

Recorded Music in American Life: The Phonograph and Popular Memory, 1890-1945

アメリカの家庭内での音楽受容について、この文献をチェックすること。とりわけ、ジェンダーの問題が重要のようだ。中産階級の家庭では、ディスクを選択して購入し、保管し、家族のために再生する役割を女性が担っていたようだ(ピアノ演奏から引き継がれた習慣らしい)。

The Piano in America, 1890-1940

The Piano in America, 1890-1940

僕が関心を持っているのは、オペラ・レコードがオペラ作品を指すのではなく、オペラの歌唱法で歌われた音楽一般を指すということ(民謡やポピュラー・ソングも録音された)。教養とはいわれつつも、オペラ受容は実際には作品や作曲家をメインにしたいわゆる教育的な音楽史からはずれ、作品や歌というよりも歌唱そのものに関心が置かれていたようだ。

Herman Klein and the Gramophone: Being a Series of Essays on the Bel Canto (1923 THE GRAMOPHONE AND THE SINGER)

Herman Klein and the Gramophone: Being a Series of Essays on the Bel Canto (1923 THE GRAMOPHONE AND THE SINGER)